今日は大丈夫だった

今日は大丈夫だった。嫌なことが何もなかったから。多分、チリツモで、疲労も重なって、金曜から土曜にかけて、しんどくなってしまったのだろう。でも嫌なことは、やっぱりちゃんと嫌だったし、おかしいことはおかしいことであったし、そういうことがあること自体おかしいのである。いい人達がそのおかしいことを諦めて許容しているのを見ると、いい人であることを疑ってしまう。何かが欠けているに違いないと思ってしまう。警戒してしまう。そういうことが多い。いろんなことに飛び火すること。大切にされていないというのは、それだけが問題なのではなくて、あれもこれも疑心暗鬼にさせてしまう。それが疲れる。明日はいいことと嫌なことがイーブンであって、相殺されるくらいで、だから、それ以外に嫌なことがあったら、マイナスに傾く。そのとき、私はきっと窮するんだろう。

 

母の、なんでももっと悪いところを挙げてくるところがあまり好きではなくて、いままでもうんざりしていたけど、今日は少しほっとした。けどよくないものを隠蔽する行為ですよ、やはり。

 

好意は、落ち着いてくれてよかった。